夢の欠片 -パニック障害な私ー -312ページ目

覚醒




またモーツァルトかよ


たまには、ジャズでも


聴かせてくれよ


テレビはしたり顔で


トルコ行進曲なんか


歌い始めた


おっと、煙草の灰が・・・


山の雪も、雲の白も


仲良くできないってとこは


私と同じだ

 

眠気を覚ましてやろうなんて


ご大層な文句のお陰で


煙草の灰が


パジャマに穴を開けちまったぜ




理由 1




「別れよう。」

キッチンで洗い物をしてた私には、

聞きとれなかった。

「え? 何?」

「別れよう。」

水を止めて、聞き直した。

「今、何て言ったの?」

「別れようって、言ったんだよ!」

夫は、いらだった声で、怒鳴った。

「何よ。いったい何言ってんの?」

ばかばかしい、

この忙しいのに、

まったく、たちの悪い冗談ったら・・・

「俺は本気だ。

 離婚届も用意してある。」

一枚の紙がポケットから出てきた。

冗談ではなさそうだ。

「ちょっと待ってよ。

 いったいどういうことよ。

 ちゃんと解るように説明してよ。」

「どう、って。

 もう、お前といっしょに

 居たくなくなったってことさ。」

「はあ?」

なんなのよ、それ。

そんな理由って、なによ。

「なんか気に入らないことでも

 あるっていうの?」

「いや、別にないよ。」

「じゃあ、なによ?」

「いや、うーん、そうだなあ。

 なんていうか・・・

 俺たち、なんだか、さあ、

 男と女って感じしないよな?」

え、男と女って・・・

そりゃあ、ここんとこ、半年ほど、

私は処女だけどさあ・・・

あ、じゃあ、そういうこと?

もう、そんなこと、したくないって、

そういう意味かしら?

ちょっと・・・

「馬鹿にしないでよ!!

 なんなのよ、それ。

 夫婦で、しょっちゅう

 そんな気になってたんじゃ、

 面倒くさくって、

 しょうがないじゃない。

 普通じゃないのよ。 私たち。」

思わず、

洗剤まみれのスポンジをギュっと、

握りしめたものだから、

スリッパも床もびしょ濡れだ。

「男と女じゃないのに、

 どうして、一緒にいるんだい。」

何言ってんのよ、この人。

「決まってるじゃない、

 結婚してるからでしょうが!!」

私の頭は、沸々と熱くなってきた。

なのに、ヤツは涼しい顔で、

煙草なんかふかしてやがる。

「だから、それがおかしいんだよ。

 男女の関係じゃない二人が、

 夫婦でいるってことがさ。

 ま、そういうこと。

 他に質問は?

 なければ、ここに署名、押印を、」

「ちょ、ちょっと待ってよ。」

こんなに、簡単に離婚なんて・・・

もっと、いろいろ、考えることとか、

あるんじゃないの、普通・・・

「何か、言いたいことある?」

夫は、なぜか、余裕しゃくしゃくだ。

「まさか、俺のこと愛してるから、

 行かないでくれ、

 とか、言うんじゃ・・・」

「はん?! 

 何、いい男ぶってんのよ。

 冗談じゃないわ。」

「そうだよな。

 じゃあ、別にいっしょにいる

 理由ってのもなさそうだ。」

私は、まるで狐につままれたような、

へんてこりんな気分だった。

ハメられちゃったのかしら。



   <つづく>

理由 2

 

 

なーんか、

アイツがいなくなったら、

せいせいしちゃったわ。

ほんとにさあ、

大きな図体して、

邪魔だったら、ありゃしない。

そのくせ、

なあんにもしないんだもんね。

まったく、

縦の物を横にもしないって、

ああいうのを言うのよね。

私が寝込んだって、

そうよ!

あの時、風邪引いて、

すごい熱出した時だって、

コンビニで、

自分の食べるもんだけ買ってきて、

なによ!

普通はさあ、

「具合はどうだい?

 お粥でもつくってやろうか?」

とか、言ってもいいんじゃない。

ふん!

どうせ、私がいなきゃ、

なんにもできやしないんだから、

そのうち、帰って来るわよ。

あら?

でも、アイツ、

馬鹿に落ち着いてたじゃない?

ってことは、

なに?

私の替わりがいるってこと?

えっ?

お、女?

まさかね。

ううん・・・

アイツって、

私が言うのもなんだけど、

結構、イケてるのよね。

そう、そうなのよ!

あー、もう、やだ!

 

 

  <つづく>

 

理由 3

 

 

 

こんなことなら、

慰謝料とか、もっと、

ふんだくっとくんだったわ。

まったく、もう、

大蔵省がいないんじゃ、

働くっきゃないじゃないのよ。

って、言ったって、

私、短大出だし、

資格とかもないし、

パソコンもできないし、

とりあえず、

派遣会社にでも登録しとくかな。

・・・にしても、

ひとりって楽だわー。

何しても、平気だもんね。

昨日も洋子と飲んで、午前様だし、

明日は、モトカレの祐二と会って、

♪~♪、♪~♪

あ、携帯は・・・と、

え、何、

「もしもし」

「あ、俺だよ。俺。」

「ああ、何、なんか忘れ物?」

「い、いやあ、そうじゃないんだ。

 え、と、そ、それが、

 ちょっと、寄ってもいいかな?」

「あ、そう?

 いいけど、別に。」

「じ、じゃ、じゃあ、」

♪ピンポ~ン♪

「はあい。どちら様?」

「俺俺、俺だよ。」

「なんなのー。

 ウチの前から掛けてたの?」

なんだか、夫の様子が変。

出てった時と、180°違ってる。

「わ、悪いな。

 き、急に、来て、

 その、なんだ、ちょっと、

 えー、話があって、」

「話って?

 慰謝料でもくれるって言うの。

 そんなら、話聞くわよ。」

「いやー、どうにも、

 言いにくい事なんだが、

 お前を見込んで、頼みが、

 あー、あるんだ。」

「なによ。

 私、今、なんにも、

 したくないんだけど、」

「いや、そうじゃない。

 何もしてくれなくていいんだ。

 ただ、これを、さ、

 白紙に戻してくれれば、

 た、助かるかなって・・・」

これって、離婚届じゃない?

まだ、出してなかったのね。

「まったく、自分勝手な事だって、

 思うだろうけど、

 ああ、その通りなんだが、

 よくよく、考えてみたら、

 お前のことが、

 俺、まだ、す、好きかなぁ、

 なんて思っちゃってさぁ」

「ちょっと!

 アンタ、自分の言ってる事、

 わかってんの!

 別れようって、

 アンタが言ったのよ。

 アンタが!」

「あー、はい、それは、もう、

 重々承知致しております。

 いや、ほんとに、

 俺、バカだったよ。

 お前みたいないい嫁さんと、

 別れようなんて・・・」

夫は、すでに、あせっ、汗まみれだ。

なぁんか、胡散臭ーい。

私は、ここぞとばかり、

夫の姿を、冷ややかに、見下してやった。

「ふうん、そりゃあねぇ、

 アンタがどうしてもって、

 頭下げるんなら、

 考えてみない事もないけどぉ・・・」

「あ、そ、そりゃあ、もう、

 こんな頭でよけりゃ、いくらでも、

 ・・・

 ほんと、俺、悪かった。」

夫は、深々と、(こうべ)を垂れた。

「ふーん、そう、まあ、

 そこまで言われちゃあね、

 許してあげないこともないけど・・・」

「いやあ、やっぱり、

 お前は、出来た嫁だよ。」

「そのかわり、

 いままで通りって訳には、

 いかないわよ。」

「あ、そりゃあ、わかってるさ。

 うん、いろいろ、俺もさ、

 不出来な亭主だったからさ、」

「あら、そう、自覚してんの?

 じゃあ、話が早いわ。

 これからは、

 家事も分担してもらいますから。」

「は、ごもっともなことで、」

「そうね、年に一回は、海外旅行。

 結婚記念日は、ホテルでディナー。

 ああ、ディナー用のドレスもいるわね。

 それと、アンタのお小遣いは減額、と。」

「ええっ! そんな、殺生な・・・」

「あら、いやなの?

 そう、じゃあ、

 この話はなかった事に・・・」

「いやっ、結構です。

 (すべか)らく、あなた様の仰せの通りに、」

「わかればよいのじゃ、わかれば、な。

 ほーっほほほほほ・・・」

 

 

   <つづく>

 

 


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理由 4

 

 

もう、こんなことなら、

派遣なんかに、登録しなきゃよかったわ。

今頃、仕事入ってきちゃったじゃない。

あー、面倒臭。

でも、まあ、これだけやっちゃって、

折を見て、辞めればいいか。

えーとぉ、何なに・・・

小説家のウチの家政婦って、

奥さんいないのかしら?

♪ピンポ~ン♪

「はい。」

「あ、あの、ワタクシ、

 アッケラカン・スタッフ・カンパニーより、

 お宅様のご依頼を、受けまして、」

「ああ、お願いしていた家政婦さんですね。

 どうぞ、どうぞ。

 お入りください。

 助かりましたよ。

 家内が急に、別れたいなどと、

 申しまして、

 ひとりで、窮していたところなんです。」

私は、一瞬にして、硬直してしまった。

なんて、なんて、もう、なぁんて・・・

私の理想そのものが、

そこに、立っていたのである。

 

 

 

 

 

夫は、最近かいがいしく、

家事を手伝うようになっていた。

そうなってみれば、みたで、

なぁんだか、

男が下がったように見えて、

ちょっと、げんなりしてしまった。

「はい、どうぞ。

 コーヒーお持ちしましたよ。」

「あ、そ、ありがと。」

夫は、また、ベランダへ出て、

洗濯物の続きを干している。

「別れましょう。」

「え? 何?

 今、なんて言ったんだい?」

 

 

   <END>